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東京高等裁判所 昭和47年(ネ)1680号 判決

控訴人 小出増雄

右訴訟代理人弁護士 宮崎正巳

同 山田和男

被控訴人 富沢真治

右訴訟代理人弁護士 長戸路政行

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、主文第一項同旨の判決を求めた。

事実に関する当事者双方の主張および証拠の関係は、左に附加補正する外、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する。

(控訴人の陳述)

一、被控訴人の訴外三信観光株式会社(以下、訴外会社という)に対する代理権授与の主張(原判決二枚目裏六行目より九行目まで)を、次のようにあらためる。

被控訴人は、栃木県那須郡那須町に所在する本件土地(原判決別紙目録記載の山林)の外、同土地に近接して、同町大字高久乙字坂の上六〇〇番二四に山林八、八三六平方米(以下、本件分譲地という)を所有していたが、右分譲地を造成分譲するに当り、訴外亡大森満と相談のうえ、新しく訴外会社を設立し、右大森がその代表者となって、同会社が本件分譲地の造成・分譲事業を担当することとなった。

即ち被控訴人は、右訴外会社に対し、昭和四三年夏頃、本件分譲地の分筆、宅地造成およびこれが分譲行為の一切をなす権限を与えたが(尤も分譲行為については、訴外会社と顧客間で話のまとまり次第、被控訴人より同会社に当該土地区画の所有権移転登記をなし、訴外会社はその名において売渡をなす形式による)その際被控訴人は訴外会社に対し、本件土地についても、その売却等の処分をなす権限を与えたものである。

二、表見代理の主張(原判決二枚目裏終りより三行目から三枚目表二行目まで)を、次のようにあらためる。

仮に訴外会社が本件土地処分の権限を有していなかったとしても、少なくとも訴外会社は本件分譲地について上述の如き権限を有していたところ、同会社はその権限の範囲を超え、或いは右権限の消滅後その範囲を超えて控訴人に本件土地の売却等をなしたのであるが、控訴人は、前記大森満が被控訴人と極めて密接な関係にあることを承知しており、且つ右大森は、本件土地に関する被控訴人の委任状、印鑑証明および権利証を所持しており、また本件地上のバンガローの鍵もすべて保管していたから、控訴人が訴外会社に、本件土地に関する代理権限が存すると信じたについては、正当な事由があるものというべきである。

よって、被控訴人は、民法一一〇条又は同条および一一二条により、本人としての責を免れない。

(被控訴人の陳述)

右一の事実を否認し、二の事実を争う。控訴人は、訴外会社に対する貸金の弁済に充てるため、本件分譲地の外、他人(被控訴人)名義の本件土地をあえて取得したものであって、そこに表見代理の成立する余地はない。

(証拠)〈省略〉

理由

一、本件土地がもと被控訴人の所有に属したこと、並びに同土地につき原判決主文第一項掲記の如き各登記の存することは、当事者間に争いがない。

二、控訴人は、被控訴人の代理人たる訴外会社との契約に基き有効に右各登記をなしたと主張するので、この点の事実関係をみるに、〈証拠〉を併せ総合すると、次の事実を認めることができる。

被控訴人は食品青果商を営むものであるが、昭和四三年八月頃、知人の亡大森満のすすめもあり、将来分譲の予定で本件分譲地を買受け、その際併せて被控訴人方商店の保養地として近接の本件土地を買受けた。しかし被控訴人は素人でもあり又税金上の関係もあったので、訴外会社を設立し、右大森がその代表者となって、同会社の手において、右分譲地の造成・分譲の仕事を行うこととなった。

そこで被控訴人は、その頃、まず大森個人に対して右分譲地の分筆登記手続を委任し、同土地は六〇〇番の二四ないし五三と分筆登記せられたうえ、同年九月、被控訴人は訴外会社に対し、右土地を宅地造成のうえ分譲すべきことを依頼したが、翌四四年七月、あらためて、右両者間において、「訴外会社は、昭和四五年九月までに各区画の買主を求めて本件分譲地全部の分譲を完了させるようにすること、被控訴人は、訴外会社が顧客より受領した金員を持参するに伴い本件分譲地の各登記を順次訴外会社に移転すること。」を骨子とする合意が成立した。そして昭和四四年七月から翌四五年三月までの間に四回にわたり、本件分譲地(三〇区画)は全部その所有名義が被控訴人から訴外会社に移転したが、被控訴人は、右の際四回にわたり訴外会社に対し、右分譲地の各権利証の外、自己の押印のみ施した委任状、印鑑証明を計約一四、五枚交付した。しかしその頃、訴外会社(代表者大森)が、右とは別個の、本件土地の権利証、並びに、本件土地に関し原判決主文第一項掲記の各登記手続を委任する旨の被控訴人の委任状(乙第一号証の四、第三号証の五)および印鑑証明(乙第一号証の五、第三号証の六)をも所持していたことが認められる。

三、ところで右認定の事実関係によると、訴外会社が本件分譲地につき何らかの代理権を有することは認めることができるが、同会社が本件土地につき代理権等を有することは、遂にこれを認め難いものといわなければならない。

なる程訴外会社(代表者大森)が前記のように本件土地の権利証、委任状等を所持していたとの事実は、そこに何らかの授権があったのではないかとの推測を生じさせない訳ではない。しかし、前判示の如き本件の事実関係からみると、被控訴人が分譲予定地でもない本件土地についてまでたやすく訴外会社にその処分を委ねたとみるのは妥当を欠く嫌いがあるのみならず、前判示のように、被控訴人は訴外会社に対し前後四回にわたり、三〇筆にのぼる本件分譲地の各権利証、一四、五枚の委任状等を交付しているので、原審における被控訴本人尋問の結果にもあるように、その間被控訴人が誤って本件土地の権利証をも交付し、これと被控訴人の押印のみ存する委任状等が利用せられて右の結果を招いたとみ得る余地も多分にあるのであって、いずれにせよ、訴外会社の本件土地権利証等の所持の事実は、未だ同会社の代理権の確証たり得るものではない。

尤も、原審証人小川利三郎の証言および当審における控訴本人尋問の結果中には、訴外会社に代理権ありとする控訴人主張に沿う部分があるけれども、右はいずれも、自己に代理権ありとし或いはそれを窺わせるかの如き前記大森満の言辞を伝えるのみで、その裏付けがある訳でもないから、これらも亦前認定を左右するものではない。

しかして、他に訴外会社の代理権を証する証拠が存しないから、結局、控訴人の本主張は失当というべきである。

四、次に、表見代理の主張につき判断する。

訴外会社が、被控訴人から、本件分譲地につき、何らかの授権を得ていたことは前判示のとおりである。即ちさきに認定した本件の事実関係からすると、本件分譲地についての被控訴人と訴外会社との権利関係は、その内容必ずしも明らかとは言い難いが、少なくとも、被控訴人は訴外会社に対し、分譲、即ち売買なる法律行為に関して、その誘引、申込の受理など右に密接な行為を委任し、且つ被控訴人より同会社への所有権移転登記手続をも委任しているのであるから、右の如き関係をもって、いわゆる基本的代理権ありと解して妨げないものである。

五、そこで進んで、本件土地に関する訴外会社と控訴人間の事実関係をみるに、第二項冒頭掲記の各証拠に、当審における控訴本人尋問の結果により成立を認め得る乙第二三ないし第二六号証を総合すると、控訴人は、訴外会社に対し、昭和四四年八月頃金二〇〇万円、同年秋頃金二五〇万円を、いずれも利息月三分、弁済期は約三カ月後の約定で貸付けたが、その返済の見込がないため、同年一二月一七日、右の担保として、本件分譲地中すでに訴外会社名義となっていた一一筆、および、未だ被控訴人名義のままなる本件土地について所有権移転請求権仮登記等をなし、次いで翌四五年一〇月一九日、前記貸金の元利金の弁済に充てるべく、右各土地について所有権移転の本登記を了したこと、本件土地についての右各登記は、被控訴人と控訴人間の売買予約等および売買に基づくものとして、前示訴外会社の所持していた権利証等を利用して行われたこと、なお被控訴人には本件土地の対価は何ら支払われていないことの各事実を認めることができる。

右の事実に関し、当審における控訴本人尋問の結果によると、控訴本人は、訴外会社がすでに本件土地の所有権を実質的に取得していたと認識理解していたとも述べ、或いは訴外会社を単なる代理人と考えていたとも供述するのであるが、前認定の事実関係からも明らかなように、控訴人は本件土地を取得するに際し現実に何らの出捐行為をしていない、換言すれば本人に該る被控訴人のもとに何らの対価の支払もなかったのであるから、被控訴人が、かかる贈与にも比すべき行為の権限を、代理、代行その他形式の如何を問わず、訴外会社にこれを授権したとは到底認められない。

従って、右の認定から推して、訴外会社(代表者大森)が、すでに本件土地の所有権等を実質的に取得し、中間省略登記の同意および同手続の委任をも受けているかの如く振舞い、控訴人亦同様の認識の下に本件各登記に及んだとの推察に難くなく、さすればその間には、表見代理成立の要件たる、無権代理人の代理行為の存在、および取引相手方の、(有効な)代理行為との信頼の双方につき、その事実を認め難く、少なくともその確証はなく、この点においてすでに、控訴人の表見代理の主張は失当たるを免れない。(なお仮に、訴外会社が本件土地に関し被控訴人より、何らかの代理権、代行権、或いは―本人に効果の帰属する関係での―管理処分権等を与えられているかの如く行動し、控訴人亦そのように信じていたと仮定しても、本件は、右判示のように取引物件の対価が所有者たる本人に収得されないという特異な場合であるから、買主たる控訴人としては右本人に一応照会等をなすのが取引上通常の注意義務というべく、しかも本件弁論の全趣旨によれば控訴人と被控訴人は共に千葉市内に居住しているのであるから右調査は容易にこれを為し得たのである。しかるに本件弁論の全趣旨により控訴人がかかる途に出でなかったことは明らかであるから、この点において控訴人には本件取引について過失があり、従って訴外会社を適法な代理人等と信じたとしても、そこに正当な事由を認め難いので、この点からしても、控訴人の主張は失当である。)

六、よって控訴人の抗弁を排斥し、被控訴人の請求を認容した原判決は結局正当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長判事 桑原正憲 判事 青山達 小谷卓男)

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